なんて日だ!
息子の発熱がちょうど一週間前の土曜日からでした。その日の午後から母方の祖母が生死を彷徨うようになり、亡くなったのが水曜日。月曜から金曜に渡ってがっつり休暇を取った夫が息子の看病に音を上げたのが木曜の夜で、その頃ようやく息子が解熱しました。金曜、私は仕事を早退して夫とともに息子の世話をして、今日。
元から予定のあった外出があり、その間の息子の世話を母に頼んでいました。息子の熱が引かないようであれば予定を全キャンセルすることも考えたのですが、母でも世話ができそうなくらいまで回復していたので、予定通りの動きを取ることに。
この動きは月に一度程度あるもので、私も母も慣れたもの。
なので油断していました。
バタバタした一週間のあとの今日。
母が目眩を起こして救急搬送されました。息子の世話を終えて帰宅しようとしたところ、目眩で動けなくなってしまったというのです。
そのとき一番近くにいたのが私だったので、#7119に電話したり、でも結局119番に連絡したり、救急車に同乗したりしました。息子は、ちょうど仕事から帰ってきた夫(何故か鼻血を出しながら帰宅)に引き渡し。「お願いね」の一言で寝かしつけまで駆け抜けられるだけの経験値があったので助かりました。
子どもの頃に自分も救急搬送されたことがあったり、仕事をする中で同乗の経験も何度かあるからか、意外と冷静だったように思います。
母はおそらく大病ではなく、明日には帰宅できるんじゃないかと思います。あとから病院に到着した父に母を託して、私は先に帰宅しました。
冒頭の一週間ですが、あれは私視点の一週間だったなと思います。
母からしたら、先週の土曜に、孫が発熱したという連絡を受けてお見舞いと看病に行ったけれど、その日の昼過ぎに姉(私の伯母)から電話で母(私の祖母)がいよいよ長くないという連絡を受け、東京から千葉の真ん中あたりまで移動。平日はフルタイムで仕事をしつつ、水曜に母が亡くなり、それからは葬儀などの準備で千葉の東葛飾地域と長生地域を行ったり来たり。車(下道)で片道2時間半かかります。そして今日、東京の娘の家で孫の世話。
いくら大病したことないからってこんな目まぐるしく動いていたら、具合も悪くなります。もう60歳過ぎてますし。
母の「孫に会いたい欲」につけ入って甘え過ぎていたなぁと反省しています。
何故母の動きに気づかなかったのか。祖母のことも先週の土曜の時点で知っていたのに。「もうやんなっちゃう」とか「疲れちゃったわよ」とか、気軽な愚痴をペラペラ喋る人じゃないのも知っていたはずなのに。黙って耐えるというか、忙しさに身体が追いつかなくなることに気づかないような。そんな人なのを知っていたはずなのに。
明日は祖母の通夜があります。コロナ禍で私は参列しないことになっていますが、母は参列する予定でした。母がどうするつもりなのか私は聞いていないですが、「行かなきゃ」と思わず休んでほしいと思います。そこは父が止めてくれることを願っています。
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