『空より青い既視感』
忘れられない風景がある。
青空に真っ白な雲が漂っている。季節はおそらく夏。僕は湿地のようなところを歩いている。辺りは木々が鬱蒼と生い茂っているが、木道が整備されていて安全に進むことができる。その下では、至るところで湧き水が水草を押し上げながら湧き出ている。
森の奥へ続く階段を下ると、その風景は突如として現れる。
大きくぽっかりと開いた穴。井戸みたいな囲いの底から水が湧いている。井戸の大きさは直径五メートルくらい、深さは水底が見えるのでそこまで深くないと思われるが、落ちたらきっと自力では上がれないだろう。とても大きな井戸である。
階段は井戸を見下ろせる場所で途切れていて、飛び込みでもしない限りそれ以上井戸へ近づくことはできない。
井戸の水は青かった。木々の隙間から覗く青空を映しているにも拘らず、空なんかよりも遥かに鮮明な青が、宝石のように輝いている。井戸から溢れた清水はそのまま川へ流れ込んでいるのだが、その水はもう青くない。井戸の外には混じり気のない透明の清流があるだけだ。もしかしたら青いのは水ではなく井戸の方なのかもしれない。
帰ろうと井戸に背を向ける。しかし、帰り道が分からない。
急に不安になる。
滑らかな肌をした木の実を片手に、僕は茫然と立ち尽くし……木の実?
「……」
「あ、パパおきた!」
目を開けると、真正面に娘の顔があった。妙な重みを感じる左手を見ると、その手の平には立派に育ったトマトが乗っている。
「なっちゃんがとったんだよ」
娘が得意げな笑顔を見せる。
「あー、採ったんだね」
そのトマトをどうするのか尋ねると、娘は「あさごはんにする!」と元気に答えた。
「パパにもわけてあげるけど、はやくおきないとたべちゃうよ」
可愛らしく僕を脅して、娘は寝室から出て行った。子どもは朝から元気だ。心からそう思う。
のそのそとベッドから起き上がる。窓のカーテンは既に開いていた。
「良い天気だな……」
梅雨が終わってからというもの、嫌になるくらい晴天の日が続いている。窓の外に広がる空の青は、やはりあの井戸の青とは違っていた。
「……」
夢にまで出てくるあの幻想的な風景をいつ、どこで見たのだろう。僕はまったく思い出すことができない。
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