『東風吹かば』

 長いこと一人暮らしをしていたお婆ちゃんが、うちへ引っ越してくることになった。もう、家事を自力でこなすのが難しくなってしまったから、とのことで。お母さんのお母さんだから嫁姑問題はなさそうだけど、「途中からの同居って大変なんだって」なんて、学生時代の友達が言っていたのを覚えている。「だから、結婚するとき、親との同居も考えてるなら最初から同居しちゃった方がいいよ」と。私は孫だけど、それでも正直、「途中からの同居」に対して憂鬱になっている。親戚とはいえこれまで家族ではなかった、よその人がいきなり家族になるのだ。今後は、家にいても心身ともに休まらないのではないだろうか。
 今日はいよいよ、引っ越しの日。ついさっき業者が荷物を運び出したところだ。「杏南、お婆ちゃん呼んできて。もう行くよって」
「うん」
 お母さんに言われて、居間から少し奥まったところにあるお婆ちゃんの寝室へ向かう。昔ながらの日本家屋。部屋はほとんどが畳張り。廊下のすぐ外が庭になっていて、松、いぬつげの木、さざんか、つつじ、山桜、柿に金柑、ぼけの木、南天……いろいろ生えている。
 荷物のなくなった家。もともと片付いた家だったけど、やはりなんだかもの寂しい。
「お婆ちゃん、お母さんがもう行くよって」
 言いながら襖を開ける。
「あぁ、そう? ひろちゃん」
「私、杏南だよ」
「あぁ! ごめんね杏南ちゃん」
 年寄りによくあるやつ。ひろちゃんは私の従姉妹である。仕方ないとは分かっているけれど、あまりいい心地はしない。
「今ねぇ、梅を見ていたのよ」
 よいしょ、と立ち上がりながらお婆ちゃんは言った。
「梅?」
「そう、そこから見えるでしょう」
 窓の外を見ると、梅の木が白くて小さな花を咲かせている。
「うん、見えるよ」
「あれはねぇ、お婆ちゃんが小さい頃からこの家にある木なのよ」
 この話、長くなるのだろうか。面倒臭いな、と思いつつ、とりあえず「へぇ」とだけ返す。
「お婆ちゃんが小さい頃植えた梅干しの種がね、あんなに大きくなったのよ」
「へぇ……?」
 え、何それ。梅干しの種って生きてるの?



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